コンブにラッコ。

今日も波間から 世界を眺める 

スナップエンドウを食べて、採れたて野菜の有り難さを知る。

sunappu-endou-1

 

なぜこう、食べ物の話ばかり書いているのだろう。ラッコ目線で見たものをシェアするブログなので、テーマは何でも良いのだが、気づけば日常記事の半数以上が「食べること」カテゴリーに所属している。たしかに今のところ仙人でもなし、霞を食べて腹一杯とはなりそうにない。食べることは毎日のことで、だからこそ、食にはいつも新しい発見と驚きがある。小学校の夏休み、一度もマジメにやったことのない自由研究に、たぶん今ここでこっそり取り組んでいるのだ。

 

さしずめ本日の研究課題は「スナップエンドウ」。サッと塩茹でするだけで莢ごと食べられる、絹さやをふくよかにしたようなマメ科の野菜。わが家では、茹でたスナップエンドウを軽く常温で冷ました後、何もつけずにそのまま食べるのが主流の食べ方。ヘタとスジは硬いので、茹でる前に取っておく。茹でたては甘く瑞々しく、パリッとした食感がたまらない野菜である。

 

スナップエンドウは「さやえんどう」の一種とな。

 

それこそラッコが小学生の時には、スナップエンドウなる豆は、まだ広く出回ってなかったように思う。いつだったか、初めてスナップエンドウという言葉を聞いた時には、野球のピッチャーの手首が最初に思い浮かんだ。手首のスナップを利かせて投げる、というのを聞いたことがあるせいだろう。たぶんそのスナップの意味とは関係ないと思うが。

 

スナップエンドウの美味しさを知ったのは、同居人のなまこさんの実家で採れたものを頂いた時だ。長く家庭菜園をされているご両親が、完全無農薬で育てた朝採れのスナップエンドウ。これは本当に鮮度が違う。そしてご両親の野菜への愛情と、丁寧な育て方によるものだろう、畑で採れた野菜はどれも甘みがあり、懐かしいような土の香りを残している。冬のホウレン草が根っこまで甘いことを知ったのも「ご実家採れ」のものを食べた時だった。

  

sunappu-endou-2

 

以前住んでいた家の隣に、やはり家庭菜園をしているおばあちゃんが住んでいた。雨の降る日以外は毎日外に出て、クワやカマを持って畑の手入れをされていた。道具を載せた押し車に、なぜか野良の黒猫まで乗せて、家の向かいにある畑まで出向く。背中を曲げての作業は、かなり足腰にこたえるだろうと思われた。それでも、よく遊びに来る菜園仲間とお喋りしながら、いつも和やかに野菜の世話をされていた。

 

そのおばあちゃんが、時折採れたての野菜を分けて下さった。たくさん出来たからと、キュウリや玉ねぎ、カツオ菜などを惜しみなく分けて下さるのだ。毎日かわいがって育てた手作り野菜、こんな貴重なものをと、毎度とても恐縮しつつ、ありがたく頂いた。どこから来たどんな野菜も、基本的にはこうして誰かの手によって育てられたもの。生きものはなかなか難しいもんですと、ある時おばあちゃんも言っていた。

 

なまこブログ、ご実家野菜の紹介記事↓↓

www.namako.blue

 

頂いた野菜の中で特に印象に残っているのが、サヤインゲン。長さ15センチ、太さ1センチほどの、丸みのある円柱形の野菜である。これも採れたての状態で受け取って、その日のうちに塩茹でして食べた。この塩茹での際、湯の中のインゲンからパチパチと弾けるような音がした。おそらくとても新鮮だった為に、サヤインゲン自体か、内部の空気が弾けたのだと思う。採れたてってこんななのかと、鍋を覗きながら驚いた。

 

ところで、手首のスナップと言えば、アメリカの大リーグ・エンゼルスで、大谷翔平選手が活躍している。結果をニュースで、ハイライトをYouTubeで見ているに過ぎないものの、大谷選手が、いつもどこか冷静に、心で燃えて野球を楽しんでいることに感心させられる。最近の若い人たちは大人だなぁと、その佇まいを見ていて大変参考になる。ラッコもスナップエンドウを食べて、言葉のスナップをギュンと利かせたい。