コンブにラッコ。

今日も波間から 世界を眺める 

ノッポさんから始まって

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幼稚園の頃、風邪を引いた日の楽しみといえば、ノッポさんの番組を見ることだった。家族が録画してくれたビデオを、何回も巻き戻して見せてもらった。一体ノッポさんのどこがそんなに面白かったのだろう。

 

今ではあまり内容も覚えていないが、うっすら記憶に残っているのは、セロテープをペタペタ貼って作られる工作と、作り方や遊び方を教えてくれるノッポさんの、独特の表情と動き。ナレーションと共に指先を動かして、一種のパントマイムのように行程を面白く表現していた。

 

ノッポさんは喋らない、という事実が、頭からすっぽ抜けてしまうほど気にならなかった。むしろ喋らないからノッポさんだったのかもしれないが。横でフゴフゴ言っているゴン太くんとのコンビを、少々熱に浮かされながらも楽しく見ていた事を思い出す。数ある教育番組の中でも、作って遊んで楽しんでの「できるかな(こんなタイトルでしたネ)」は、ラッコのお気に入り番組のひとつだった。

 

小学生に上がると、ノッポさんの延長上なのか、日本の匠を紹介する番組を眺めていた。彫刻刀や金づち、素手、見たこともないその他の道具で、思いもつかないモノを作り出していく人たち。あんなに器用な手があったらどんなに幸せだろうと、思わずほれぼれしてしまう。

 

手仕事をするのが好きな人もいれば、それを見ているのが好きな人間もいる。ラッコは何でも基本、見る方専門である。自分に出来ないことをしている人を見るのがとても楽しい。それは工芸でも料理でもスポーツでも変わらない。すごいなあ、すごいなあと面白がって見ている。何でもやりたいタイプではないので、やっている人を眺める良いお客さんになれる。

 

幼稚園で「将来なりたいもの」という質問をされた。その答えがまったく思い付かないくらい、ワタシには将来なりたいものがなかった。というか、将来が何を指しているのかさえ分かっていなかった。皆がケーキ屋さんや花屋さんや宇宙ひこう士などに夢を馳せている頃、ラッコはずいぶんとボーっとした子供だった。皆すごいなあと、本気で感心し、驚いたものだ。仕方がないのでその時は、周りの友達に訊いて同じように書いた。そういう事はなぜかしっかりと記憶に残るから不思議だ。

 

washi

 

なりたいもの、という程ではなかったが、その後、これはいいなと思った仕事が二つほどあった。ひとつは紙漉き職人、もうひとつはX線技師である。自分でもビックリするくらい脈略がない。

 

紙漉きは、小学校時代、島根県の津和野で見た。少しコワモテの職人さんが、カチャンカチャンと紙を漉いて積み上げる。何度も何度も漉いては積み上げる。これがなんとも面白かった。集中した職人さんの手さばきと音、いつの間にか作り出された紙。きっとこれが、ワタシにとって初めてのモノづくりの現場だった。自分にできるとは思わなかったが、これはいいなと思った。

 

X線技師は、中学時代、骨折で病院に行き、レントゲンを撮ってもらった時だ。技師の人は、ここが患部であろうと思われる箇所を見つけ出し、上から大きな機械を下ろして速やかにスマートに撮影した。なんかカッコイイ、、しかもこれで骨折が分かるなんてスゴイ、、至極単純な理由で、これはいいなと思った。

 

ふわっと「いいな」と思ったことも、ラッコの頭の中をそのままふわっと流れて行き、ヒトとも動物ともつかない大人になった。相変わらず何になりたいという強い思いはないが、少なくとも気分よく生きられる存在ではありたい。平和な在り方ができる人生ではありたい。言ってみれば、それがワタシのやりたいことなのかもしれない。

 

どうりで世の職業リストから見つからないはずだ。ノッポさんを見ているかわいい幼稚園児のワタシに、ぜひこの事実を教えてあげたい。

 

本日の一品 『 ノッポさんがしゃべった日 』

ノッポさんがしゃべった日

ノッポさんがしゃべった日

 

ノッポさんは実は器用ではなかったというお話が印象的。でもやっぱりノッポさん。